SHOONIN Lab.

音楽の作り方・マーケティング・自己啓発などについて

ミュージシャンには2種類のタイプがある。〜映画「セッション」を観て〜

もの凄い今更ですけど「セッション」という映画を観ました。

f:id:shoonin:20180513104159j:image

以下あらすじです。

物語は、主人公アンドリュー・ニーマンがドラムを叩くシーンから始まる。彼は名門音楽大学に通う学生で、将来偉大な音楽家になる事を目指して練習に励む。そこに現れたのが指揮者であり教官のテレンス・フレッチャー。大きな声で厳しく彼の演奏にダメ出しをする。

その後、フレッチャーの指揮するバンドにドラマーとして招待されたニーマンだったが、彼の常軌を逸した恫喝と暴力の指導に、次第に音楽家を目指し俗世を捨てていくことに・・・。傲慢さと野心が見え隠れするニーマンに対し、一貫して厳しい指導を続けるフレッチャー。彼ら2人の戦いは、思わぬ着地を迎える事になる。

出典:なぜ『セッション』のラスト9分19秒は素晴らしいのか? - ジゴワットレポート

 

この映画の中でフレッチャーは言います。「危険なのは、上出来(グッジョブ)という言葉だ」と。これを言われた人は満足してしまう。「あぁ、これでいいんだ」と思ってしまう。だからフレッチャーは恫喝し、ひたすらニーマンを追い込みます。それにニーマンは必死に食らいつく訳なのですが…。

ここで思うのは、フレッチャーもニーマンも目指している領域は一致しているように見えるんですよね。やり方に問題があれど、それが目的を達成するために必要なら恫喝されようと食らいつく、という風に。

 

先日コライトをした時も思いましたが、ミュージシャンには2種類のタイプがあります。それは以下の2つです。

①楽しく自分の思う良い物を作りたいタイプ

②苦しんでも万人が求めるクオリティの高い物を作りたいタイプ

僕は②の方なので、基本的には良くなるなら指摘して欲しいし、衝突も必要だと思っています。一方で①の人は指摘されると辞めてしまうんですよね。「楽しくやろうぜ」「みんなの意見を尊重しようぜ」と。勿論それは悪い事ではありません。場の空気を楽しくして、相手を尊重することができるのは素晴らしい事です。

ただ、それだけで良い物は作れない。良い物を作るためには、そのために何が必要かを共有する必要があります。コライトやバンドなど、人と音楽を作る上ではそれが絶対必要だし、時には厳しい事も言わなければいけません。

だがそれを乗り越えるのが難しい。世のバンドはそういう葛藤を乗り越えて楽曲を世に出してるんだな、と改めて実感します。この映画のラストではその葛藤の末にある景色を垣間見たような気がします。まだ見ていない人は是非一度ご覧あれ。